お家のリフォーム(外壁,屋根,キッチン,台所,お風呂,浴室,トイレ等)はお任せください。 アイ・サン・ホームは、建築の仕事に携わって今年で20年、OBのお施主様を始め、多くの方々に支えられて今日までこさせてもらうことが出来ました。特に家族の支えが、私の大きな力になりました。

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こんにちは!福井市で、「任せて大丈夫!」と頼られる、リフォーム会社社長の石橋直巳です。

「みんな、リビングでくつろぐ時間が増えた。」
と家族みんなが笑顔になってもらえることが、わたしのよろこびです。

そのために、家族が、一つの方向を向いていけるようにお役に立ちたいと思っています。

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「おい、キャッチボールするぞ!」

小学生のとき。学校から帰って家にいたら、急に親父が帰って来ました。いきなり、紙袋からグローブと軟式野球のボールを出して来たのです。そして、外に連れ出されて、初めてのキャッチボール。

親父は、一代で立ち上げた建築会社の仕事に、いつも追われていました。そのため、いままで、一度もキャッチボールはおろか、一緒に遊んだ記憶もほとんどありません。

そんな父が、グローブとボールを買ってきて、いきなり、

「おい、キャッチボールをするぞ!」

なんて、びっくり。

「なんや、そんな球も取れんのか?」

って言われたけど、僕の頭の中は???ばかり。

「急になんやろ?どうしたんだろう?」

戸惑いながらのキャッチボール。
時間にして数分、何十分かの短い時間。

「えっ?もう終わり?」
ボールが上手く捕れなくてホッとしたのと、もっとしたいやら、複雑な気持ち。

でも、何だかちょっぴり、うれしかった。

「やっぱり、気にかけてくれてたんだ。」

たった一回だけの親父とのキャッチボール。

終わった後に、
「僕も大人になったら息子とキャッチボール、したいなあ」
というあったかい想いがこみ上げてきました。

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「なんで、比べるんやって!」

親父は、自分で立ち上げた建築会社の仕事で、手一杯。母親も、働きに出る。
そんなわたしは、じいちゃんばあちゃん子として育てられました。

小さいころから、「あんたは石橋家の跡取りやでの。」と期待されて育ちました。ところが、勉強ができない。
上級生にいじめられては、よく泣いて家に帰る。

「なんで、おまえはできないんや。」
と、ばあちゃんに言われるたびに、

「なんで、比べるんやって?」
と心の中で、強くつぶやいていました。

友だちがいるようでいない。
中学のとき、「ペアになって絵を書きましょう。」と先生に言われてもだれもペアになってくれない。

自信もなく、人見知りで、「嫌われたら、どうしよう。」といつも不安。
自分から、友だちに、「一緒に遊ぼう。」と言えない。
そんな自分がイヤだったので、高校に入る前に、「自分を変えよう!」
そう決意しました。

「だれも知らない高校へ行って、なりたい自分になろう。」
そう決意して、自転車で50分もかかる高校へ通いました。

高校1年のとき。親父の建築業界の集まりで、ソフトボール大会がありました。
参加者に、建築会社二代目の先輩がいました。

まだ、二十代なのに、社員や職人さんから、「アニキについて行きますよ。」と言われているのを見て、心の底から、すごくうらやましかった。

「いいなあ。あんな風になりたい。」

人に頼ってもらえることに、強いあこがれを持ったのです。ishibasshi06

「わかったよ。おれがやるよ。」

大学は、新しい自分に生まれ変わるために、福井から出て東京の大学を選びました。そのまま東京の土木会社に就職。

28歳のとき、バブルが崩壊して、就職先の会社の業績も悪くなってきました。そんなとき、福井の親父から、急に、「帰ってこい。」という連絡。

「どうして、急に?」

その理由は、わかりませんでした。ただ、なにかの力に引かれるように、帰りたくなかった福井に帰ることにしたのです。

その後、福井にも遅れてきたバブル崩壊の波が訪れ、会社の業績も急激に悪化していきました。そんなとき、医者から、「お父様は、あと一年です。」と診断されました。親父が亡くなるということを信じられませんでした。

会社の状況は、益々悪化。ある日、入院中の親父が、今まで見せたことがない弱々しい表情で、申し訳なさそうに言うのです。

「すまんな。これを足しにしてくれや。」
そう言って株券を差し出しました。病床でも、「なんとかしなきゃ」と思ってくれていたと思うと、熱いものがこみあげてきました。

その時、「わかったよ。おれがやるよ。」と口にしていました。

それまでは、「自分は経営者の器ではない。」といつもいつも自信がない自分だったのに、親父の想いを継ぎたい想いから出た言葉でした。

それから一週間後、親父はベットからがばっと起きて、わたしの手をしっかり握りました。それが親父との最後の会話。最後の挨拶でした。

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「一緒に来てくれないか?」

36歳のとき親父が亡くなり、会社を引き継ぎました。親父には、「俺がやるでな。」と言ったものの、一人で責任を背負って、どうしていいかわからない状況でした。どんどん赤字が膨らみ、会社は、ダメになっていくばかり。

「本当は、叔父さん(父の弟)が、社長をやった方がいいのに。」
と思っていても、口にすることができませんでした。

「どうせ、わかってくれない…」という気持ちと、「俺には、やっぱり無理だ…」という気持ちのまま、なにもできない。

ある日、かみさんから、言われました。

「あなた、うちにもうお金ないよ。」

「親父が作った会社をつぶす訳にはいかない。」と思い、会社を清算することにしました。そのために、社員にも辞めてもらい、会社を閉めることにしました。

その後、負債処理に明け暮れる日々。

「やだなぁ…だから、無理だっていったじゃないか。」

という罪悪感と被害者意識の中、親父の期待に応えられなかったという気持ちでいっぱいでした。

ある日、かみさんから、「あなた、これからどうするの?」と聞かれました。
そのとき、わたしは、「このまま終わりたくない。もう一度建築で、親父に認められたい。」という想いが芽生えていました。

その想いを支えてくれる経営の先生がいました。「この人についていこう。」という気持ちになる人がいました。

その人が、新しく経営者のための塾を立ち上げる。「そこに参加したい。」という想いがありました。ただ、自分一人の判断に自信がなかったのです。そのとき、自分一人では、どうしていいのか、わからなかったのです。

そのとき、初めて、「自分一人ではなにもできないんだ。」ということを自覚したのです。そして、かみさんに、初めて、助けを求めました。
そこで、勇気を持って、かみさんに話をしました。

「これからやって行く上で、おまえに会って欲しい人がいるので、一緒に来てくれないか?」

かみさんに「一緒に来てくれないか?」と口にすることで、初めて、人に頼るという経験をしました。それから、かみさんを頼るようになったのです。

いままで、孤独に頑張っていたのが、味方でいてくれることが、とてもうれしいのです。

この体験から、わたしがいたらなかったのは、人を信じて、人を頼るということだと気付かされました。自分に自信がなかったので、自分を信じられない。そんな自分を隠そうと、見得を張っていたので、人を信じて頼ることができなかった。

「一人ではなにもできないので、助けてください。」
そう口にする勇気が欠けていたのです。

このような体験から、わたしの使命は、「信じる」と決意しました。
自分を信じ、人を信じることを使命としたのです。

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「心の棘」

わたしは、建築の仕事でもう一度やり直す上で、新築で行くのか、リフォームで行くのか、迷っていました。すると、かみさんが、「わたし、OBさん(既存のお客さん)がいいと思う。」と言うのです。かみさんは、既存のお客さんのリフォームがいいというのです。

わたしは、かみさんがいうなら、「よし、リフォームをやるか。もう一度ゼロからやってみよう。」という決心がつきました。かみさんに、「一緒にやろう。」と頼るようになったのです。

それから、既存のお客さんのところを訪問することにしました。そして、ある日、わたしのとって初めてのお客さんから言われた言葉が、忘れられません。

「となりの奥さんのうちを建てた会社、なくなるの。
うちは、石橋さんがいるから安心。」

この言葉を聴いて、初めて、自分の存在価値をみめられたと実感しました。

「おれ、いてもいいんだ。いや、いなきゃいけないんだ。」

このように言われて、あらためて、既存のお客さんを大事にしようと決意したのです。そうしたところ、あるお客さんから、息子さんのための400万円のリフォーム工事を依頼されました。「リフォームをやってよかった。」と、とてもうれしい気持ちになりました。入金後、かみさんとハンバーグを食べに行き、「また、一緒にがんばろうね。」と二人で話したのです。

それから、10数年、おかげさまで、既存のお客さんのリフォームだけで、ここまでやってきました。売上も毎年順調に伸びてくることができました。

そんなわたしの唯一の心に刺さった棘が、叔父さんとの関係です。親父の会社を清算するときやり方で、長年、叔父さんともめていました。

「石橋家のメンツを守りたいだけじゃないのか?
おれは、本当は叔父さんが社長をやった方がいいと思っていたけど、
イヤだ、と言えなかった。
そんなおれの苦しみもわかってくようといないで、
メンツばかり大事にしている。」

そんなわたしの想い込みで、長年ぎくしゃくした関係が続いていました。

ある日、叔父さんが、「なんで、こうなったんだろうなぁ。」とふと弱音をもらしました。それを聴いて、わたしは、思わず、口にしていました。

「じつは、つらかったんや。
本当は、助けてください、と言いたかったんや。
こわくて、言う勇気がなかった。」

この言葉を聴いて、叔父さんも目頭をおさえて、「つらかったんやねぇ。」と言ってくれました。

一番伝えたい人に伝えられたことと、わかってくれたことで、とても気持ちが楽になりました。長年の心の棘が、やっと取れました。

それ以来、いままで以上に、お客さんのところに行ったときに、自分を楽にさらけ出せるようになりました。いままで以上に、お客さんの深い気持ちを聴けるようになったのです。

あるお父さんは、年頃の娘さんに煙たがれて、寂しい想いをしていたので、ちょっとしたアドバイスをしました。 すると、

「子どもたちが変わった。甘えますもん、娘が、パパに(笑)。
『お帰り』って、ぎゅーって、二人のハグが増えた(笑)」

このような報告を聴くことが、わたしのよろこびです。

あるいは、
「みんなクロス一枚にしても、それぞれの希望を持って決めることがいい。
みんなが参加できたことが、楽しかったです。」

「みんなリビングで、くつろぐ時間が増えた。」

このように言っていただくことが、わたしのよろこびです。

どんな家族でも、伝えたくても伝えられない感情を抱えています。
それを、「わかってくれない…」と諦めずに、相手を信じて、一緒にすり合わせる。そのことで、距離が一歩近づく。そんな家族の笑顔に貢献できたら、なによりのしあわせです。

いま、このような気持ちになれるのも、わたしのことを信じてついてきてくれたかみさんのおかげです。かみさんから「信じる」ことを教えてもらいました。

かおり、いつも一緒にいてくれて、ありがとう。

アイサンホーム代表 石橋直巳

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